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曹操  第1話「天下への一歩」

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曹操
曹操 (配信数8話)
曹嵩の子として生まれた曹操は、少年時代、宮廷にて、漢王朝が没落していく様を知る。やがて、漢王朝は董卓の専横にあい、時の皇帝・献帝は、家臣であるはずの董卓にあやつられることになる。董卓の専横に疑問を持った袁紹・袁術兄弟は、反董卓軍を募って、董卓に対抗する。曹操は、袁紹に共感をし、反董卓軍に参加。危機を感じた董卓は献帝とともに都・洛陽を捨て長安に逃れる。反董卓軍の孫堅は、洛陽を攻めたが、洛陽は焼失していたのだった。反董卓軍はこれを機に解散。やがて、董卓は長安で養子の呂布に殺され、長安は混乱に陥る。しばらくして、曹操は献帝を自らの領土であった許昌に招き入れた。皇帝を救い出し、漢王室の復興の大義名分を持った曹操に立ちはだかったのは、軍力の勝る袁紹であった。曹操は、袁紹との戦いに挑み…。

■キャスト
チャオ・リーシン、
スン・ホンタオ
ハン・シュエ

■スタッフ
監督 : フー・メイ
©電広伝媒文化発展有限公司

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  • 第1話「天下への一歩」
    第1話「天下への一歩」

    建寧元(西暦168)年、霊帝の遊び相手として宮中に入った曹操は、第二次党錮の禁で曾祖父の大宦官・曹節たちが冷酷な手段を使って士人たちを根絶やしにしようとするのを目の当たりにする。処刑されそうになっていた陳宮という少年と一人の妊婦を救った曹操は、宦官の跡取りという自らの境遇に背き、「自分の道は自分で歩く」と決意する。

  • 第2話「因縁の出会い」
    第2話「因縁の出会い」

    名門袁家の後継者争いをしている袁紹、袁術と狩りを通じて知り合った曹操は、従兄弟の夏侯惇、夏侯淵らを使って袁術を罠にかけ、袁紹に恩を売ることに成功する。袁家の葬儀にも招かれて要人に顔を売った曹操は、やがて孝廉に推挙されるが、曾祖父の曹節に恨みを持つ反対勢力の妨害に遭い、洛陽北部尉の職を得るにとどまるのだった。

  • 第3話「渦巻く陰謀」
    第3話「渦巻く陰謀」

    洛陽北部尉となった曹操は、労働と引き換えに配給を与えることで民衆の暴動を抑え、その手腕を評価される。そして、宦官・蹇碩のおじである蹇図が夜間外出禁止令に違反すると、曹操は見せしめに蹇碩の目の前で蹇図を許?に殴り殺させる。面子を潰された蹇碩の陰謀で、曹操は都から追放され、県令として頓丘行きを言い渡される。

  • 第4話「民の味方」
    第4話「民の味方」

    黄巾軍の蜂起を未然に防いだ曹操は、さらに豪族・王福を殺し、財宝を村人に分け与えて人心をつかむ。しかし、無断での行動をとがめられた曹操は、県令を解任されて故郷に戻されてしまう。側室の・劉夫人との間に長男・曹昴昴が誕生するが、劉夫人は難産で死去。議議郎郎に任命された曹操は、夏侯惇夏侯惇らに兵の訓練を任せ、芸妓の卞思を連れて洛陽に向かう。

  • 第5話「十常侍の陰謀」
    第5話「十常侍の陰謀」

    士人たちに軽んじられていた曹操だが、司徒の陳耽と文人の蔡?に重用されたことで、徐々に存在感を発揮し始める。曹操は、陳耽の指示で宦官の悪行を上奏書に記すが、因縁のある宦官・蹇碩の妨害に遭う。孫の曹操が蹇碩に命を狙われていることを知った曹騰は、陳耽こそが黒幕だと蹇碩に伝えるのだった。その頃、曹操は蔡?の娘・蔡?に心奪われていた…。

  • 第6話「黄巾の乱」
    第6話「黄巾の乱」

    霊帝の寵愛を受ける何皇后の兄・何進は、大将軍に抜擢されるや陳耽を殺害する。蔡?も流罪にされ、曹操は蔡?に別れを告げる。曹操も官位を剥奪されそうになるが、黄巾軍の蜂起が激化したことで、急遽三階級特進して騎都尉となる。30歳にして初めて従軍することになった曹操は、夏侯惇らを呼び寄せ、五千の兵を率いて戦場へ赴くのだった。

  • 第7話「劉備との出会い」
    第7話「劉備との出会い」

    黄巾軍に勝利した曹操は、投降した黄巾兵を処刑せず、自軍に引き入れる。そして次の戦場では、功を挙げようと奮戦する劉備とその義兄弟である関羽、張飛と出会う。黄巾軍との戦いを霊帝に評価されて、済南の国相に任命された曹操は、早速鮑信たちを使って袁紹の縁者である王の悪事を暴くが、温情をかけて袁紹に恩を売るのだった。

  • 第8話「皇太后の野望」
    第8話「皇太后の野望」

    大将軍の何進が名門出身の士人である袁紹を引きこもうとしているのに対し、董皇太后は辺境の将領・董卓を取り込む。東郡の太守に任命された曹操はこれを辞して故郷に戻るが、刺客に襲われ重傷を負う。劉備の進言を受けた霊帝が西園八校尉を設けたと知った何進は、自軍の兵士の多くが宦官・蹇碩の管理下に置かれることに怒りを覚える。

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